明日には忘れるなにかについて

天野くにひろのブログです

言葉にならない 名残惜しさを

「好きな曲って何?」

 

「好きな曲?」

 

恋人もどきからの突然の質問に少し困りながらも、俺は『さよならと言おう』であると答えた。卒業シーズンの定番合唱曲である。

 

自分が卒業式で歌われる側になった時は大変嬉しかった記憶がある。俺を散々な目に合わせたクソ後輩の声とはいえ好きな曲は好きだ。

 

「歌って」

 

「このアパート壁薄いから、声が小さいのは許してくれ」

 

小声でぽつぽつと歌い始めた声変わり中の俺のだみ声に、彼は静かに耳を傾けていた。


ねくもりを
包むように
たがいの 手のひらを
静かに重ね
ほほえみよせて
さよならと言おう

 

手をぎゅっと握られ、頬が触れ合った。ダブルの二重毛布に包まりながら、2人が溶けて1つの星になっていくのを感じた。頬の熱からなんとなく、彼の過去が流れ込んでくるような感覚がした。幸せとは言えない家庭環境からひととき解放されて、数少ない友達と笑い合い人生に救いを感じた一瞬一瞬が押し寄せてくる。

 

心通わせた友達を
忘れないで
さよならと言おう

 

少しばかり前に恋人ごっこを申し込んできた彼は、俺のかすれた歌声から何を感じているのだろう。きっとお互いに話していないこと、話せないことは山盛りある。話せないのは世間体の問題ではなく、ヒトの言葉になおせないからだと思った。彼が少し鼻をすすっているのが聞こえる。

 

瞳にかくした
胸の思いを
感じ合えば
まぶたが
熱くなるけれど

 

彼はなぜ俺を遊び相手に選んだのだろう。心の隙間を埋めてくれる優秀な相手なんでもっと他がいるだろうに。シーツにちいさく何かが垂れた。彼は泣いているようだ。

 

言葉にならない
なごりおしさを
感じ合えば
まぶたが
熱くなるけれど

 

まだ遊び始めて日も浅いのに、いつかくる2人の別れの日を想像する。俺達の関係が破綻するのはいつだろう。飽きたから、明日のために仕方なく、もしかしたらその日のために仕方なく別れるのかもしれない。

 

心ふれ合った
ひとときを


忘れないで

 

「忘れないで」

 

「はいはい、忘れないよ」

 

忘れないで


さよならと言おう

 

明日の希望のために
さよならと言おう

 

歌い終わった頃、彼はもうボロ泣きしていてなんだかかわいそうな姿になっていたので、マイヤーズ ラム入りの甘いホットミルクを用意してやった。

 

鼻面と目のまわりを赤くした180近い図体の彼がホットミルクをすすっている様がなんだか可愛かった。俺が思っているよりも彼は感受性が高くて寂しがりなのかもしれない。

 

君が俺に何を求めているのか知らないけれど、頑張るからしばらくの間は一緒にいよう。君の求める救いが君に注がれる日まで、一緒に、しばらく一緒に。