明日には忘れるなにかについて

天野くにひろのブログです

香りかすかに、きみそこに

薬を飲んでも眠れなかった。怒りに任せて2シートくらい薬を追加してやろうか悩んだ。

 

しかし先日友達がこの有様を心配してLINEでメッセージをくれたり、電話口でぽつりと他の方法を探さないかと提案されたばかりなので、薬を追加するのをやめた。

 

人間は自分のことだけで手一杯なことが多い。それなのにみんな、俺のことまで心配してくれている。その感受性の高さや世界の幸福を祈る心がどれだけ彼、彼女らを締め上げ、痛めつけているのか。

 

かく言う俺も他人の心配をしやすい気質だ。友達が仕事で理不尽な目にあってぐったりしている姿や、過去のなんともやりきれない事柄で頭を抱えている姿を見ると抱きしめに行きたくなる。

 

『抱きしめる、抱きしめられる』

 

この行為は当人達が抱えているストレスを大幅に減少させると言われている。ストレスが減少するどころか増幅するような相手とばかり抱きしめ合ってばかりの人生だったが、友達を抱きしめにいきたくなるあたり、俺の本能は抱擁が本来どれほどの癒しの力を持っているか知っているようだ。

 

もしかして前世の俺はとても愛され抱きしめられることが多かったのかも知れない。それか困難が多く挫折を繰り返すも、前を向き直して再び問題に立ち向かえるほど優しい抱擁を受けることができたのかもしれない。

 

そんなことを考えているうちに最近できた恋人もどき(https://kuniama.hatenablog.com/entry/2019/10/19/220044)が訪ねてきた。まぁ俺が呼びつけたからなのだが。

 

シャワーを浴びて着替えた恋人もどきはさっそく寝床に潜り込んで、石鹸変えた?と聞いてきた。洗濯洗剤を変えた、と答えた。

 

「やっぱり、なんかシーツのにおいが違ったから」

 

シングルの布団に二人で詰まっていたら、あっさり眠りに落ちた。一人の時間も大切だが、誰かと一緒にいる時間というのも同じくらい大切らしいということが分かった。あと恋人もどきにも枕を買ってやらねば、とも思った。こやつはいつもローテーブルの前に放置されているクッションを枕代わりにして眠っているので、少し首が心配だ。

 

きっと今世はいつもより少しばかり難易度が高い人生を歩まされているに違いない。来世の人生は難易度が下がるように、今世でたくさん徳を積めるように頑張ろうと思った。