明日には忘れるなにかについて

天野くにひろのブログです

毎秒生きて死んでいる

「明日、動物園に行こう」

 

俺の口癖であるが、実行されたことはほとんどない。

 

思い立ったその日のうちに支度をして、翌朝着替えて家を出るだけにしておいても、当日になるとなぜかどうでもよくなっている。どちらかというなら行きたくなくなっている。そのうえ酷いうつ状態に陥っている。

 

大学で精神医学を受講していたため、うつ病やらなんやら精神疾患や人の気質に関する文献をよく読んでいた。実際の講義では担当教授がお熱であるアルツハイマーに関する発表しか聞くことができなかったため、レポートを仕上げるのに100%独学で仕入れた情報でレポートを仕上げるほかなかったからだ。

 

『朝はよろしくない思考が頭を支配しており、身体もだるくとても起きあがることができる状態ではない。昼頃になってようやく意を決して体を起こし活動を始める。作業を始めるも一向に手につかず進まない。

そうこうしているうちに夕方になり家族が仕事や学校から帰宅してくる。家族の顔を見て内心少し心にゆとりが生まれほっとする。

そして寝床に入るとき明日からはしっかり活動するぞと固く決意して眠りにつくが、翌朝目覚めて前日となんら変わらない朝を迎える羽目になり、改めて絶望する。』

 

どの文献だっただろうか?うつ病に関してこのように説明されていた。

 

俺は一人暮らしなので基本的に室内で誰とも顔を合わせないし、顔を合わせてほっとするような親も持っていない。それらを除けば大体これが俺の毎日の様相である。

 

ご丁寧に毎朝改めて来訪する絶望感をいつか追い返してやりたいものだが、今のところその方法が思いつかない。

 

実は今日も先ほど『明日、名古屋市川上貞奴邸に行こう』などと思い立ったところなのである。果たして明日の俺は玄関を出られるのだろうか。

 

玄関を出られたらそれはものすごい進歩であるが、もし出られなくてもそれは俺が通常営業しているだけなので、大した問題ではないのかもしれない。

 

今日は記事の更新がサクサク進むなぁと思うと同時に、さっきからかじっている飴がどうにも不味いので容器のラベルを見たら、せき止め薬、と書いてあった。

 

どおりで先ほどから気分が良いし、背後からのびる女と思しき手に顎下を擦るように撫でられているわけだ。女と思しき手は少々熱いくらい体温が高くて、家事はおろか箸より重いものを持ったことのないように思えるほどに滑らかな肌をしている。

 

スマホを握る俺の手はささくれだらけで爪も割れ気味なので、羨ましい他なかった。