明日には忘れるなにかについて

天野くにひろのブログです

欲望に恋して

「好きだよ」

 

そう言われると、何をされても許してしまう癖がある。本当に何を、どんなことをされようとも許してしまう。

 

「そういうの良くないよ、いつか大事に、事件になっても知らないよ」

 

相談相手は口を揃えてそう言う。

そもそも好きだと言われなくても、許せないほどの事態に心があまり陥らない。

 

心身ともに傷付きはする。眠れないほど泣いた夜も、自殺未遂もしたことも、自暴自棄になって生活が酷く荒れたこともある。でも、許せないと思ったことはほとんどない。辛くこそなれど、怒りに変換されないのだ。

 

そんな俺だが先日、知り合いから取引を持ち出された。

 

「恋人ごっこをしてくれないか。」

 

「恋人のふりをして誰かに会えばいいのかね。」

 

「違う、恋人っぽいことをしてほしいんだ。」

 

「遊ばれてくれってことか。」

 

「もちろん、そちらもこちらを遊んでもらってかまわない」

 

俺の人生で初めての『偽装不倫』ならぬ『偽装交際』が始まった。しかしながらこの関係は心地好い。まるでぬるま湯か、お包みの中のようだ。何より気が楽なのは、好き、と1度も言われないことだ。

 

好きだと言われないことで、お得意の何でも許してしまうスキルが発動しない。嫌なことはきっぱり断れるし、抵抗もできる。

 

このまま好きと言われることのない関係が続けば、いつかくるお遊びの別れ際にこいつを恨むことが出来る。静かすぎる部屋で冷たい寝床に座り込んで恨み言が言える。別れはさみしいことだというけれど、俺はその日が来るのを、少しばかり楽しみにしている。

 

この関係を了承した際に受け取った、安物であろう指輪が薬指で輝いている。

 

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