明日には忘れるなにかについて

天野くにひろのブログです

明日は大丈夫って昨日も思ってた

年末、かかりつけの精神科に電話をかけた。年末年始に備えて薬が欲しかったからだ。

 

「ツーーーーーツーーーーー」

 

電話が繋がらない、やらかした。診療は午前までだったのだ。年末年始もみっちり仕事が入っているが、もうどうしようもない。

 

薬を切らしてからの俺は散々だった。仕事は全くこなせず足手まとい、耳と意識が遠く人の話が全く聞き取れない、自宅は散らかり放題、食事も餅くらいしか食べていない。あんなに増えるばかりだった体重も年末年始だけで3kg落ちた。恋人もどきに助けを求めてみようかと思ったが、医者でもない相手に助けを求めても何ともならないなと思って連絡ひとつしなかった。

 

そんなこんなで1月6日を迎えた。今日から病院は開いている。通院のために休暇も取った。受付開始時間になった瞬間、電話で予約をぶち込み、そのまま家を飛び出して病院に向かった。

 

帰宅してさっそく薬を飲んだら、久々に恋人もどきを家に呼びつけた。待ってましたと言わんばかりの早さで、恋人もどきは家に飛び込んできた。

 

「あけおめ〜、って部屋の空気淀んでんなぁ!!」

 

窓を開けたらそのまま飛び降りてしまうような気がして、空気の入れ替えを全くしていなかったせいである。

 

「珍しく洗濯物もすっげぇ溜まってる。明日履くパンツある?」

 

「ない」

 

毎日身体が鉛のように重かったので、帰宅したら入浴、即座に布団に入るという生活をしていた。洗濯物なんてどうこうしている時間がなかったのだ。

 

「俺、年末年始休みだから呼べばよかったじゃん?気ィ使ってくれたの?ありがとね。でもヤバかったら呼べばいいんだから、何か考えるから」

 

「うん」

 

恋人もどきに抱きしめられながら『こいつが恋人だったら、いや、親だったらどんなに良かっただろう』とふと考える。しかし恋人もどきには『もどき』とついているように正式には『恋人』ではない。

 

実のところ俺は、近年中に関西への転勤が決まっている。恋人もどきには話したが『へぇ、そうなんだ』の一言でこの話は終わってしまった。本当はついてきて欲しい。それが無理なら遠距離でもこの関係を維持したい。そう思っている。

 

恋人もどきは根無し草だ。

 

しかし『どちらかが面倒に感じたら終わり』、そう予め決めた関係でこれを言うのはかなり危ない橋を渡るように感じる。

 

気が付けば、ずさんな関係の沼にズブズブとはまってしまった俺がいる。苦しい。でもお前といると空が前より綺麗に見えるから、前より生きているのが怖くないから、一緒に来て欲しい。わがままを言っているのは分かっている。

 

もう少しだけ、俺に綺麗な空を見させてくれ。

 

 

なりたいあの子になれない君へ〜その2〜

俺の親父と俺の間にある、マリアナ海溝チャレンジャー海淵級に深い溝については以前の記事『なりたいあの子になれない君へ』(https://kuniama.hatenablog.com/entry/2019/11/17/220039)で説明させていただいたと思う。

 

様々な事情と事件と感情がもつれた結果、俺は実家を家出同然に飛び出した。あの日から今日で1年2ヶ月目。だいぶ時間を割いてコツコツ作業ができるようにはなってきたが、未だに絵が完成する前にしまいこんでしまう日々が続いている。

 

代わりに本を読むようになった。最近は和図書なら近代、洋図書なら古典を読むのが好きだ。今はマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の第4巻を読み進めている。

 

話が変わるが、今年もそろそろクリスマスがやってくる。天野家には仲が悪いくせに家族間でクリスマスプレゼントを交換する習慣があった。去年は家出をしてすぐにクリスマスだったので、そのイベントには参加しなかった。

 

しかし今年は母親と和解することができたので、一応はこのイベントに復帰することになった。そこで問題なのが親父へのプレゼントである。

 

彼は物を大切にできないたちなので、何を与えても全て部屋の片隅に積み上げてホコリまみれにするか、身につける物なら酔ってすぐにどこかで失くしてきてしまう。食べ物は冷蔵庫の中に入れたまま腐らせる。ろくでもない。

 

しかし俺は、親父がないがしろにできないものがひとつだけあることに気がついた。

 

そう、彼の狂信する画家の、彼の祖父の絵だ。

 

彼の祖父の没後に個展が開かれ、その時に画集が発行されている。当時の親父はその個展に事情があってか足を運んでいない。

 

俺は彼の祖父の絵は持っていないが、その際に発行された画集の入手には成功している。それを彼のクリスマスプレゼントにすることにした。

 

君がその画集を大切に扱って、大切に保管して、大切な思いを誰かと共有すれば、亡きあの画家の太く長い人生は消えない。いつものプレゼントのように雑に扱ってくれるなよ。手に入れるのにとても苦労したのだから。

 

俺は親父の最愛の家族にも、応援してもらえるような画家にも、一流企業の勤め人にもなれなかった。そんな俺からの、せめてものプレゼントだ。

 

君が世界で一番愛する画家の、世界で一番愛する家族のひとりの、おそらく最後の発行となるであろう画集だ。大事にしてくれ。

 

 

嗜みたい、好みたい

『コーヒー飲んでタバコも吸う奴は口臭がうんこと同じくらいくさい』と言い出したのはどこの誰だっただろう。

 

プルームテックで自宅内を燻製器の中ばりに煙たくしながら読書をしていると、恋人もどきが缶コーヒーを片手に入ってきた。

 

「うわぁ、部屋ん中が真っ白だ」

 

「換気したいんだけど、足が硬まってしまって立ち上がれない」

 

恋人もどきは通気口とベランダへの窓を全開にして、深呼吸を始めた。お前、さっきまで外にいただろう。

 

「ねぇ、コーヒー飲んでタバコも吸う奴は口臭がうんこと同じくらいヤバイって話知ってる?」

 

「…聞いたことある」

 

「…俺コーヒーもタバコも好きなんだけど、口臭ヤバかったりする?」

 

「全然大丈夫だぞ」

 

それなら良かったと言う言葉と同時に、缶コーヒーのプルタブを上げる音がした。

 

読んでいたマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』に、しおりを挟んで閉じた。顔を上げると恋人もどきがこちらを見つめている。

 

「コーヒーを飲む俺と、タバコを吸う邦宏」

 

「二人揃ったら『口臭うんこマ〜ン♪』だな」

 

楽天カードマンみたいに言うのやめて」

 

「『6倍じゃなくて6分の1』ってなんの歌詞だっけ?」

 

おそ松さんじゃなかったっけ?」

 

「じゃあ俺たちは『2倍じゃなくて2分の1』だな」

 

果たしてこの会話、全開の通気口とベランダからどこまで聞こえているのだろう。今更心配したところで後の祭りだが、文面に書き起こしながら少々心配になる俺であった。

 

「この理屈でいくと、俺とくにひろがキスをしたらうんこのにおいが発生するってこと?」

 

「やめて!?」

 

恋人もどきがキスの話題を出す時は大抵キスがしたい時なので、軽く唇を合わせた。UCCの無糖コーヒーの味がして、コーヒーの苦味が苦手な俺は少し渋い顔をしたと思う。しかしすぐ前にかがむ恋人もどきは満足そうにニカニカと笑っていた。

900円と銭湯と

アパート両隣の部屋の玄関扉下の隙間から、風呂水と思しき液体が流れ出しているのに気が付いた。定期的に排水管のどこかしらが詰まるので、またそれの影響で風呂の排水が逆流でもしたのだろう。

 

今から入浴しようと思っていたが、風呂の湯が反乱を起こすと面倒くさいので、恋人もどきとスーパー銭湯に向かうことにした。

 

訳あって水が嫌いなため乗り気でなかった俺だったが、スーパー銭湯のシステムのハイテクさにテンションが上がり、水が嫌いなことも忘れて大浴場に入っていった。

 

掛け湯を終えてまず向かったのは電気風呂だ。湯に浸かるとピリピリした刺激で身体をマッサージしてくれる。

 

「肩甲骨の間にクるわ…くにひろもそう思わない?」

 

「俺は肩甲骨より上にクるな…お前もしかして座高かなり高くないか…?」

 

「うるせぇ…こちとらお前より15cmタッパあんだよ…あぁ〜クる〜」

 

気持ちが良いためお互いに某ゲームのスライムの如く、だらしのない口元をさらしたまま10分電気風呂を堪能した。

 

その後お決まりのサウナで我慢大会を開催するのだが、入って5分もしないうちに恋人もどきがギブアップするという爆笑事案が発生してしまう。そんなに堪え性がない癖になぜそんなことをなぜやろうと思ったんだ。

 

仕方がないのでサウナから半泣きで飛び出した恋人もどきに再度掛け湯をさせ、16度の水風呂ではなく30度の源泉にたたき込んだ。30度の源泉すら寒がって秒で飛び出してきたわけだが。

 

その後は39度前後の炭酸風呂に無言で浸かり続けた。炭酸風呂には美肌、減量、便秘解消などの効果があると板書きされており、二人とも気合いを入れて浸かった。炭酸風呂に浸かり初めて15分経った頃、お湯から離れた。そして髪と身体を洗い、大浴場をあとにした。

 

着替えて脱衣所を出ようとした時、恋人もどきがビン牛乳の自販機を発見した。二人ともコーヒー牛乳を買って一気飲みをした。身体に悪そうなゾクゾク感がたまらなかった。

 

移動して喫煙所で一服していると、恋人もどきが真横に立って、ボソッと呟いた。

 

「やっぱり俺、そんなに胴長じゃないし」

 

「分かってる、からかったんだ。悪かったよ」

 

吐き出した煙があっという間に換気扇へ吸い込まれていくのをみて、平和な日だな、と思った。

 

ゼブラの縞で編んだ鳥籠

はっきり言って俺の部屋は悪趣味だ。

 

白と基調にした家具までは良い。カーテンがゼブラ柄なのだ。クッションは白に金の糸が混ぜられたファーのカバーがかかっている。

 

もともとは俺の部屋のカーテンとクッションカバーも紺の無地に統一された上品さを意識した部屋だった。お気に入りだった。

 

しかしこの上品な印象の部屋の中で、自分だけが浮いてしまっているような感覚に襲われるようになってしまい、気がつけばすっかり抗不安薬睡眠薬の乱用が常習化していた。

 

旧知の仲の知り合いからすると、かつて俺は好きに生きている自由人に見えていたらしい。でも実際はそうでもなかった。扉を開ける音が少しでもしようものなら無職の父親に怒鳴り散らされて、精神をすり減らしていた。

 

実家時代から市販薬の乱用を頻繁に行いながら明日を見つめる努力をした。高校時代にはなかなかイカれた仲間と集って家庭の愚痴をこぼしあい、傷の舐め合いをした。

 

フリーターになってぷっつりその仲間とも縁が切れてしまい、俺の真の家庭状況を知る人間はいなくなり辛さが増した。自殺未遂を繰り返し、その度に病院のベッドの上で指も動かせす朦朧とする意識の中で嫌味を言われた。

 

23歳の4月に本当に本当に限界がきて、死なないのならせめて実家から離れたいと思い一人暮らしを借金をこさえて無理矢理始めた。

 

母親には、あれだけ迷惑をかけておいて出て行きますとはどんな精神をしているのか、と文句を言われた。元凶である父親には、やっと出ていくのか、とだけ言われた。

 

家を出てから1年と少し経つ。母親とは仲直りができたが、父親とは完全に縁が切れた。

 

一人暮らしを始めてしばらくは良かったが、白と紺色の部屋の中で、自分はやはり生きているべきではない、と苦しみのたうちまわる日々に切り替わった。心身を壊して仕事も辞めることになった。

 

その時に思い出したのが、高校時代に交流のあったギャル男だった。ヴィジュアル系をこよなく愛すナチュラルハイの職質常習犯。彼の部屋は汚くて家具や小物のデザインなどもはや頭に残っていなかった。唯一覚えているのは、布団のシーツがゼブラ柄だったことだった。

 

俺は自転車に乗ってドン・キホーテへ走り出していた。ゼブラ柄の布団のシーツはなかったが、カーテンなら見つかった。布団のシーツも家具とカーテンの色味に合わせて紺色から黒色に変えた。

 

それからというもの、俺の精神は少しばかり安定した。ネット上の友達の助けもあり薬物乱用からも遠ざかり、俺は大好きなことの1つだった読書に再び集中できるようになり、先日ついに正社員への糸口をつかむことにも成功した。

 

10年前に俺を助けてくれたギャル男は、10年経った今、再び俺を助けてくれた。彼とは連絡がつかないが、また会えたら真っ先に嫌がる彼にキスしてやろうと思う。

なりたいあの子になれない君へ

絵を描くのが大好きだった。中学を卒業するまでは1日5枚程度の絵を時間と根気が許す限り描き続けていた。

 

今はというと、数ヶ月に一度『へのへのもへじ』を描くレベルである。描き飽きたのではなく、精神的を完全にへし折られたからだ。

 

俺の親父の話をしよう。彼は祖父が有名な画家だった。親父は祖父の作品の狂信者だった。彼にとって絵を描くというのは、祖父と同じかそれ以上の才能と根気がなければやるべきではない崇高な行為だった。

 

なので大した才能もない俺が絵を描いていると嫌味を言われ続けたり、暴言を吐かれることがよくあった。基礎がなってないと言われたので本気で勉強したく思い、美術関連に強い高校か専門学校への進学を希望したが拒否された。

 

ではもう就職させてくれと頼んだが、普通科への進学を強要されたので、進学先の選択を担任へ投げて毎日やはり絵を描き続けた。総合科や商業科すら拒否されて、普通科しか駄目だと言われたので、もう俺には面倒でしかなかった。

 

しかし親が提示した学費では俺の学力以前の問題となり、定時制高校へ進学するのが精一杯だった。選択できる進学先はひとつしかなかったが、幸運にもこの定時制高校は単位制でもあったので、受ける授業が自分で選択できるという強みがあった。母親が大学で美術を学べば良いのではというので、高校では美術の授業は積極的に出席した。

 

そしていざ大学を決めようとなった時、親父にまたしても美術の道の選択を阻まれてしまった。もう全てがどうでも良くなった。

 

そこから俺が絵を描くことはぱったりなくなった。

 

その後も就職を希望したがやはり進学を強要されたので、美術の次に興味があった精神医学、心理学、教育に関する講義が受けられる学科を選択して進学先を提案したところ

 

「なんだ、漫画の影響か?」

 

とだけ言葉が返ってきた。でももう全てがどうでも良かったので

 

「じゃあこれで進路希望出すので、把握お願いしますね」

 

とだけ伝えた。

 

後に知ったことだが、親父は祖父と同じように芸術家になりたかったらしい。しかし人生のわりと早い段階で自分に祖父ほどの才能はないと挫折したようだ。

 

自分が諦めた道を志す我が子を見るたび過去を振り返るはめになり、さぞ気分が悪かったことだろう。でも俺の人生はお前のものじゃない、俺のものだ。何度か絵をまた描こうとペンをとったが、いまだに過去の嫌がらせがフラッシュバックして作品が一向に完成しない。

 

俺は親父を一生許さない。

そして嫌がらせに屈した俺自身のことも一生許さない。

 

 

テロ飯配送サービス

「邦宏、どこかにカメムシいない?くさいよ?」

 

「分かってる、これのせいだ」

 

玄関から合鍵で入ってきた恋人もどきの最初の言葉は、異臭のクレームだった。

 

そんなクレームを受ける俺の目の前には卵10個を使って作られた、タッパーにミチミチに詰まったパクチーの卵とじが鎮座している。

 

卵の量に対してパクチーが多すぎて卵の部分はすっかり緑に変色してしまっており、口に含めは茎が異様に固いパクチーがプチプチグキグキと音を立てる。

 

「邦宏が作ったの?この明らかにヤバいブツ」

 

「違う、前の職場の常連にもらったんだ」

 

「そいつテロリスト目指してるの?だとしたら最高にセンスいいよ」

 

「呼ばれずとも来てくれたなら話は早い、食うのを手伝え」

 

こんなカメムシのにおいがするもの食えない、と喚きながら逃げようとする恋人もどきをローテブルの前に引きずって連れて行き、『ヤバいブツ』を口に含むよう指示した。諦めて口に含もうと箸を口元に運ぶ顔は、無の境地に到達していた。

 

「醤油味の強いカメムシ入りのピリ辛卵焼き」

 

そう呟くと恋人もどきはゆるやかに動作をやめ、卵焼きを見つめたまま動かなくなった。彼には早すぎる食べ物だったようである。

 

その後しばらく恋人もどきの挙動がおかしかったので、ブレスケアを飲ませて歯磨きをさせた。部屋の換気もばっちりした。

 

世間一般的には『可哀想なことをした』のだろうが、申し訳ないと言う気持ちが1ミリも湧いてこなかった。むしろその点において反省した。

 

その後、この食べ物を我が家に送り込んできたアル中の新しいあだ名に『食卓テロリスト』が採用された。